実家、吉祥寺
今日は父の日と、朝知った。
12時に家を出て、13時に実家に着いた。
帰り道、吉祥寺に寄って、17時に帰宅した。
ゴールデンウィーク前に、ソニックユースの「音速青年」というブートレコードが入荷していた事を思い出し、パルコの地下に移転したディスクユニオンへ行ったが、既に売り切れていた。
吉祥寺は賑わっていて、何となくもう少し歩きたくなったので、百年という本屋に寄った。
店内にはBGMが流れていたが、カメラのシャッター音が鳴ると共に一時停止を繰り返していた。
スピーカーに無線接続されたスマートフォンでカメラを操作し、BGMがぶつ切りになるという要領の悪さを、不思議に思いつつ、本を二冊買って帰った。
父は先週、退院した。
父の顔は白くて、足は浮腫んでいたが、まずまず元気そうだった。
食欲はあるらしく、買ってきたケーキを完食した。
20才を過ぎた猫にも会ってきた。
痩せて黒目は白っぽくなり、コオロギみたいな鳴き声を響かせていた。それでも変わらない猫。
帰宅して、暫く経ったけれど、まだ雨は降らなそうだ。夕焼け空が見える。
今日買った本にHONZIさんの事が少しだけ書いてあった。
この空の色のような、赤紫のイメージがある。
勇敢で、無邪気で、楽しげで、悲しげな、複雑な色をした人。
井の頭公園、四月の雪
近所のコンビニでコピー機待ち。
前の人が時間かかりそうなので、パンを買って一旦自宅に引き返すと帰り道、雨が落ちてきた。
また今度にしよう。
三月が終わり、四月になった。
一昨年の四月、吉祥寺の井の頭公園近くにある小さな(Liltという)バーで、satomimagaeさんのライブを観た。
そこは5階に位置していたので、大きな窓から向かいの街路樹を臨みつつ、演奏を聴いていた。
サンプラーから流れる環境音とギターの音が深いリバーブの中に混ざり合い、歌が一定の距離を保ったまま滲んでいく。
未発表曲やbandcampでのみ販売していた楽曲を多く演奏していたが、断片的な短いカーブが点在したような、過渡期の印象を受けた。
ライブが終わり、井の頭公園へ向かった。
公園へ入る階段には一人、路上演奏者がいて、ギターで弾き語りをしていた。
四月に雪が降る。Princeの歌だった。
今年の2月、実家へ帰ったついでに井の頭公園へ行ったら、いつかの路上演奏者がいたので、すこし話をする事ができた。
さべつとキャベツ
https://m.youtube.com/watch?feature=youtu.be&v=cnxaM3m4agk
4月8日、テニスコーツが新しい歌をYouTubeにアップロードした。
さべつとキャベツ
聴いて、何故か私は泣いてしまった。
酷い歌だった。
口が裂けても、「素晴らしい」「美しい」「格好いい」なんて言えない。
なんて言えばいい?
なんでこんなに醜いことを歌わなければならないのか、歌わされているのか。
この怒りや苦しみを、「美しい歌」として讃えてはいけない。今は。
痛みに美醜なんてない。
私が死人なら涙を流すどころか何も思わなかっただろう。
この歌を聴いて、私は彼らと同じ世界に生きている事を知った。
しかし、この歌に歌われている事がすべて真実だと、私は思わない。
「あいつ」は、「心」を持たない悪魔なのか?
「わたしたち」と何が違うのか。
「愛がなければ人生は無意味」
希望として歌われるはずの言葉。
それすら「あいつ」に向けられた呪詛として響いてしまう。
憎しみか怒りか諦めか悲しみか分からない。
自分はこの歌の中に何を見たのか。
上手く言葉にする事が出来ない。
私は何を相手にしているのだろう?
明日はきっと雨が降って、電車に乗る。仕事に行く。
豊田道倫さんについて
豊田道倫さんが東京を去ったという。
3月25日、七針で「tokyo」と銘打ったワンマンライブを行った。
私は行かなかった。
豊田道倫さんを最後に見たのはいつか。
ライブ会場では、何度か見かけた。
あと、マイブラのライブでは物販の列に並んでいたような気がする。
吉祥寺のディスクユニオンでrock 'n' roll1500を見つけて、なんとなく買って聴いたのが最初。
初めて聴いた時は、驚いた。
こんな醜い鼻づまり声で歌を歌う人がいるのかと。
そう思ったのに、気付けば、移動遊園地を何度も何度も聴いていた。
初めてライブを見たのは、2010年の夏だった。

満員の会場で、小さな椅子に座りながら、なんとなく息が詰まるような気持ちで、トリの豊田さんの演奏を見た事を今も憶えている。
「オレを呼んでも客呼べないよ」「でもオレを呼ぶとイベントに箔がつくらしい」なんて嘯いていた。
近い界隈で固められた共演者に対し、異邦人として居心地の悪さを隠そうとしないその態度は、最後に演奏したUFOキャッチャーにおいて完遂された。多分。10年も前の事。
3時間もそこに居て、帰り道、落ち込んだ。
それは今も変わらない。(大分慣れたが)
私にとって、ライブを見る事は、居心地の悪さと共にある。
しかし、彼の歌もまた、居心地の悪さを背負っていた。そんな気がした。
豊田さんの音楽や言葉は、いつも私の関心の一端にあり、一年に一度くらいだが、ライブを見に行く事が続いていた。
印象に残っているのは、2017年12月、昼間にやった無力無善寺でのワンマンライブ。
客と常用英単語に関する二、三のやり取り(チュートリアルの意味知ってる?)を経て、最後に演奏されたフィッティングルームという新曲。
試着室の天井、冬の空、地下鉄のベンチ「疲れたんじゃない?」、
眩しい程に歌が加速していったので、無善寺の壁を見回した。
こんなに汚い場所に居ても、新しい世界を想像出来る。
冬の朝が一番良い。冬の昼間も同じくらい良い。
帰り道、まだ外は明るかった。
冷たい空気を吸い込んで高架下の人混みに紛れて、それだけで、自分も歌になったような気がした。よく憶えてる。
私の職場は目黒にある。
豊田さんが住んでいた街らしい。
油面公園もよく知っている。梅がたくさん咲いていた。子供達がよく遊んでいる。
しばらくはこんな日が続くだろうか。
戦火を超えて 20200323 渋谷シネマヴェーラ
昨年、シネマヴェーラのソヴィエト映画特集で、沢山の素晴らしい映画を観る事が出来た。
今年は、映画館に足を運ぶことがほとんど出来なかったが、先日、炎628 を観る事が出来た。
炎628は、私には「徹底したリアリズム」を持って描かれた作品とは思えない。
主人公たる少年と村人達の悲壮感や虚無感に満ちた表情を繰り返し映し出す演出よりも、むしろ蹂躙された村で唯一暴行を受ける事なく放置された認知症らしい老女の微笑みにこそ、捉えがたい真実めいたものを感じた気がしたから。
それ以外は通り一遍、戦争における残虐性を大仰な扇動的な演出で描いているだけだと思った。いや、通り一遍だからこそ、平たく「徹底したリアリズム」なんて評されるのだろうか。
今日、戦火を超えて を観た。
素晴らしい映画。
印象深い場面があった。
極寒の戦地に楽士隊が慰問の為にやって来る。少女が嬉々として新年の始まりを告げ、そして眠る兵士達を前に楽士隊がグルジアの音楽を奏でる。慰問団一行の少女が手を叩いて一番に楽しんでいる。
それは儚くて愛おしいような特別な時間で、ああ映画だ、と思った。
笑える場面もたくさんあって、
戦地に行って匍匐前進しながら、突然土の良し悪しについて語り出す爺さんに笑ったし、ぶどうを戦車で踏みつけた兵士を思いっきりぶった時も、殴り方が手加減ない感じで面白かった。
あと、最後の方、銃撃戦の合間に兵士達が交わした言葉。良かったな。
「何か良いニュースはないか」
「もうすぐ春だ」